イラク報告会へ行ってきました。矢張り実体験を聞くというのはとても勉強になります。
・公園がそのまま墓地になって、家族や身元不明の遺体が一面に埋められて、瓦礫の破片のような石材が地面に刺さっている。殆ど間隔が無いところの石には、アラビア語で「赤ん坊」と刻まれているらしい。
・空爆で倒壊した家の下敷きになった娘を助けたくても、爆撃が収まる前に出て行けば攻撃が激しくなるだけなので、助けに行けない。収まってから漸く救助しても、もう手遅れだった。
・道を歩けば狙撃される。
・モスクを占拠されて、その尖塔の小窓から狙撃される。…これってどんな気持ちだったんだろう。自分たちの神様の聖域を異人が占拠して、その聖域からの狙撃って…どれだけ人の心を踏み躙るの?
・ジャーナリストが狙われる、というのも初めて知りました。頭を狙撃されて右の眼球が無い人がいた。左目も義眼。どれだけ酷い仕打ちを受けたんだろう。
・無脳症などの奇形児が多く生まれている。
・戦争によるストレスで、不妊に悩まされている。
・「ただいま」と言って帰宅した玄関先で狙撃された父親。
・護衛を付けない方が地元住民の警戒が無い分安全。
・「○○地区に敵が潜伏しています」という情報を米兵に話すと、その地区全てが攻撃対象になった。だから地域住民の協力を得られず、5年かけても摘発できなかった。併し地元警察が三日間時間を与えられると、僅か8時間で摘発できた。
・ブッシュはアメリカ軍のお陰で治安が安定したと言うけれど、実際は撤退したから良くなった。
・医療器具不足で、針の使い回しは当たり前。輸血パックが足りなくて、ジュースの空き缶を使うことさえあった。
・国からの補償が十分でないので、空爆により半壊した建物は、5年経った今でもそのまま。
・知られざる虐殺。
公演が終わってから個人的に質問したのですが、私の訊きたい事が上手く伝わらなかったようで、ちょっと苦労しました。うーん…私っていつもそんなに語弊を招く言い方をしているのかな?某映画監督の時もそうだった…。相手の頭が固いという可能性もあるけど。或いは両方。コミュニケーションって難しい!私も決め付けたような言い方をよくするので、気を付けようと思います。
あんまり知識を詰め込みすぎない方が良い、と言われました。現実とのギャップが激し過ぎて、大事なことを見落としてしまうから、だそうです。確かにそうかも知れません。
「本で読んだんですけど」と言うと本当に不快そうな顔をされました。書物が必ずしも真実を語っているわけではないと分かっているから、事実なのかどうか確認したくて質問したのに…。まあ恐ろしい体験をしているし、日本でのバッシングも酷かったようだし、実際にイラクの現状を見てきた人だから、彼女から見れば私なんて「何言ってんのこいつ?何も知らないくせに!」と思うのは仕方が無いのかも知れないけど、やっぱりあの対応はちょっと酷かったんじゃないかと思う…な…。彼女には彼女の主張があるのは分かるけど、それを主張するあまり人の話を聞いていない節があった。というか聞いてなかった。最後まで喋らせろ!うんまあ…疲れてたんだよねきっと…。
私はただ単に、「本当にAKシリーズのような強力な武器が一般市民の間にも蔓延しているのか」という事実を訊きたかったんです。武装放棄が治安改善に繋がるのは事実だし、イラク政府がそれをやったかどうかは知りませんが、族長が彼女の平和的思考に興味を示したということは、そういう道を模索しているのかもと思って、その辺も聞きたかった。でも一方的に「私たちの感覚で銃はいけないものだから捨てて下さいと言ってもできるわけがない。だから彼らを雇用して銃の代わりにスコップを持たせて仕事を与えている。それで銃を置いてくれる人もいる。」と話された。これも事実ではあるけど私が聞きたかったのはそういうことではない…。銃を置くか置かないかではなく、戦闘に参加しているかしていないかでもなく、日本だと一家に一台テレビがあるのが当たり前なように、一家に一挺AK-47があるのかどうか、それを住民や貴女はどう感じているのか、そういうことを訊きたかった。あー…、もっと上手く人と対話できるようになりたいです。
ヒートアップし過ぎてちょっと泣いてしまって、申し訳無かった。でも「痛みに共感して泣くのは悪いことじゃない」と言ってくれました。経験を伴わない同情は醜いだけだと思ってたので、ちょっと気が楽になりました。
大人になってから涙腺がゆるくなったのは、人の痛みが分かるようになってきたからなのかな。
最近涙腺がゆるいのは、先生が亡くなったせいかな、と思い始めました。自分ではもう大丈夫なつもりでも、先生のことを考え出すと泣けてくるし、「痛み」というものに敏感になっているのかも知れない。先生の死が私の心に傷を付けたとしたら、戦争とか世界の理不尽さとか、そういうものを考えることによって私は自分で自分の傷を抉っている様な状態になってしまっているのだと思います。そりゃ泣くしかねーわな。でもそういう状態だからこそ真剣に考えられる部分もある。
事の発端は00→ガザ地区の報道→少年兵→AK-47→先生の死→戦争…という感じかな?あと将来について考え始めたからかな。自分が何をしたいのか分かりません。教師になったらなったでやりたいことはあるけれど、本当に自分がやりたいことって何だろう?世界と向き合いたい、世界を知りたい、そう思うのが自分の本心だろうか?現実逃避だろうか?出来もしないことを、と思っている自分がいる。やれば出来る、と思っている自分もいる。もっと沢山悩まなきゃ駄目だな…。ただ流されているだけのような気もして、それがいちばん怖いです。